社会人からボートレーサーになった!宮村勇哉選手を調べてみた!

こんにちは、管理人のベル坊です。

今回は最近ボートレーサー養成所の122期を卒業しました宮村勇哉選手について書いてみようと思います。

宮村勇哉選手とは

ミヤムラユウヤ
生年月日 1992/4/12
身長 170cm
体重 54kg
血液型 AB型
登録期 122期
選手歴 0カ月
デビュー 2018/5/13 [津]

ボートレーサーとしては、170㎝と大きい身長です。

5月13日にボートレース津=津市藤方=で始まる「ビクトリーカップ」でプロデビューいたしました。

気になる成績は!

5/13~18 一般 66665665

上記の成績です。まだ新人レーサーなのでこれから期待です!

社会人を経てボートレーサー

大学卒業後に会社員をしながら養成所試験に挑戦をしました。

当初は働きながら養成所試験を目指したが年2回の試験は不合格。

「このままでは後悔する」と周囲を説得し退職して受験準備に専念しました。

三度目の正直で約24倍の難関を突破して福岡県のボートレーサー養成所に最年長で合格たそうです。

年齢を重ねるごとに合格が厳しくなるボートレーサー試験で最年長で合格はすごいですね。

重ね1年間の厳しい訓練を今春修了し「応援してくれた人たちに走る姿を早く見せたい」と意気込む。

なぜボートレーサーを目指したのか!

宮村選手は市立白山中から県立四日市工業高校、愛知県の名城大学へと進みました。

そして、大学を卒業し、一般企業の機械メーカーに就職が内定しました。

その時の大学4年生のとき、生で見たボートレースの迫力と、松阪市出身の井口佳典選手の勇姿に衝撃を受け「人に夢を与えられる仕事。見る側よりやる側になりたい」とボートレーサーになることを決心したそうです!

122期を卒業

ボートレーサー養成所を卒業できたのは51人のうち修了できたのはわずか26人です。

宮村選手はその中を生き抜いた一人なんですね。

122期の卒業生

ボートレーサーとして

人生が180度変わる選択を後押ししてくれた周囲への思いを「両親は僕の思いを聞いて『好きなようにやれ』と応援してくれた。職場の人たちも喜んでくれている」と感謝する。

憧れのボートレーサー

目標を口にし「僕が井口選手に憧れたように僕のレースを見てボートレーサーを目指す子が出るような選手になりたい」と夢を語っています。

蒲郡ナイターでのインタビュー

Twitter

https://twitter.com/AMABOATRACE/status/1046598088679292928?ref_src=twcamp%5Ecopy%7Ctwsrc%5Eandroid%7Ctwgr%5Ecopy%7Ctwcon%5E7090%7Ctwterm%5E3

まとめ

社会人からボートレーサーになった宮村勇哉選手!!
機械メーカーで働いていました。

将来的にはA1選手になり、SGレースに出場すること!

今後の活躍を期待したいです。

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